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自己紹介

私が高校1年生のときの偏差値は20台でした。そんな私が現役で明治大学に合格してしまいました。そして今塾講師としてひっそりと子供たちに勉強を教えています。

この経験をもとに私ができるアドバイスを書いていこうと思い、ブログ等を作っていきます。とりあえずここで自己紹介がてら、私の中学・高校時代、どんな成績だったのかを書いてみます。

 

中学時代の私の成績

中学時代、私は勉強をした記憶がありません。小学生の時に父親からは「バカは死ね」「勉強をしないやつになんで高校に生かせるんだ」というようなことを言われた記憶があります。父親は私が小学校5年生の時に単身赴任をしたので本当に助かりました。もし、一緒に暮らしていたら精神的に終わっていたと思います。

でも、親の気持ちもわからないではないんですよね。小学生の時から漢字のテストでは何度も0点を取っていましたし、70点を取れたらすごいと思われるくらいでしたから。でも、本当に勉強が嫌いだったから仕方がありません。

そんな私が中学生に入って、最初に受けた小学校の確認テストは、意外にも好成績でした。とは言っても、平均点を少し上回る程度でしたけれど。

その後の成績は悲惨でした。中学1年の最初のテストは英語はアルファベットを全部書かせるような問題でしたし、数学は計算問題ばかりだったのでそれなりの点数は取れました。他の科目も範囲が狭いので授業をちょっと聞いていれば、普通に点数が取れるような問題だったので平均点は超えたような記憶があります。

しかし、勉強時間がゼロの私は2学期以降は点数が下がる一方でした。中学3年のときは300点台を取ったことはないと思います。ほとんどが200点台前半だったような記憶が残っています。確か1度だけ100点台も取ったことがあると思います。中学3年生の2学期期末と3学期の学年末の英語で18点を2回連続取ったことは鮮明に覚えています。

今からは考えられないくらい勉強嫌いでした。勉強時間がゼロと書きましたが、少し誇張しすぎかもしれませんが、本当に勉強をした記憶がないんです。定期テスト期間中になると部活に行かなくてもよくなるので、古本屋巡りを楽しんでいました。定期テストの当日は4時限で終わるので、午後は遊びまくりでした。勉強をしようという考えが頭の中に全くありませんでした。

そんな私でも焦ってしまう出来事が起こりました。それは、夏ごろに受けたフクト(福岡県の公立高校を受験する生徒の多くが受ける模試)で5教科300点中、80点台をとったことです。記憶がこれも曖昧なのですが、偏差値は38だったような気がします。今のフクトで80点台を取ると偏差値が30台中盤になるので、38前後だったことは間違いないでしょう。

しかし、問題なのは、偏差値ではなく、合格判定です。ビーバップハイスクールのモデルになったかもしれないと言われている高校(バッドボーイズ佐田正樹さんの母校でもある。現在はパラマ入試という特別な受験も行っている。偏差値は俗にいうFランク)にC判定という驚きの判定を受けたのです。福岡県の第5学区の地域に住んでいる人であれば「C判定を取る方が難しい」「それはありえない」と思うはずです。

この結果に焦りはしましたが、だからといって勉強をするようになったわけではありません。その後も勉強をしないでずっと遊んでいました。しまいには母親と喧嘩をし、学校を1ヶ月休むという始末。このころの母親は精神的に本当に辛かったと思います。今思い出しても本当に申し訳ない気持ちになります。

しかし、この長期休みが転機になったのです。このころ、子どもながらに親に心配をかけていること、しかし、素直になれない自分。担任の先生がいろいろと心配をしてくれたことなど。なんだか吹っ切れたのです。そして、再び学校に行くようになりました。

更に幸運なことに、いつも通り自転車に乗っていろいろなところに足を運んでいた途中、上を見ていると「筑紫丘高校」(地元で一番の公立高校)という標識が見えたのです。「へ~、こんなところに筑紫丘があるんだ」と思ったときに、急に勉強をしようと思ったのです。

そのときは既に中学3年の2学期が終わるか終わらないかくらいのころだったと記憶しています。今更勉強しても無駄なのは分かるけれど、とりあえず勉強をしようという気持ちになり、友達が通っていると言っていた、ホワイトボードも置いていないマンションの一室(確か大橋)の塾に通うようになりました。3単現のSを教えてもらったけれど理解ができなかったこと、「遊ぶ」は英語で「play」ということ、お腹の虫がなって恥ずかしかったこと、などを思い出します。

(お腹の虫って、今の子供は知らないみたいです。先日「何、お腹の虫って」と生徒に言われました。「お腹が鳴る」としか言わないようです)

その塾からは「今から入っても成績は上げられないし合格は出来ないかもしれない」と母親は言われたみたいですが、私がその気になったのですから、合格するかどうかは関係なかったのでしょう。

3学期になってからはクラスの誰よりも早く教室に行って勉強をするようになりました。英語は全く分からないので手をつけなかったのですが、漢字と社会を一生懸命やったような記憶が残っています。そして、社会だけはフクトで偏差値が50台になったと思います(記憶があやふやですが)。

筑紫丘くらいしか高校を知らなかった私が、自分でもいける可能性のある公立高校を探しました。柏陵高校です(太宰府高校を当時は知らなかったので、もし大宰府を知っていたらそちらを受けていたと思います)。柏陵高校に合格できる可能性なら少しはあると、ワクワクしながら勉強をしました。結果は残念だったのですけれどね…。

ただ、ここで柏陵高校に合格していたら、おそらく私は現役で明治大学に合格していなかったと思います。

高校時代

高校は兄が通っているという理由で選びました。当時の私が通っていた母校は「福岡大学2名合格」ということを前面に押し出して普通科の生徒を募集していました。「福大2名合格」と聞いたら。「おいおい、そんなのでよく生徒を集められるな」と思うかもしれませんが、当時の私は「この高校からでも福大に合格できるのか。すごい。よ~し、絶対に勉強して福大に合格してやる」と思ったので、成績が悪い生徒からしたらかなりの宣伝効果になったと思いますよ。

高校に入ってからも私は勉強をし続けました。どれくらい勉強をしたかというと、学校の授業が終わってから毎日夜7時過ぎ、日によっては学校の先生が帰宅するギリギリまで残っていました。家に帰ってからも勉強ばかりです。高校1年のころから毎日5時間くらいは勉強していたと思います。

これだけやったのだから成績はずば抜けて良くなりました。と言いたいところなのですが、全く伸びませんでした(定期テストは別)。高校生の最初に受けた全国模試の結果は、数学は計算さえできれば偏差値が50台になるので50台をギリギリ超えましたが、英語の偏差値は20台です。国語も30台です。この状況が1年近くは続きました。

2年になっても偏差値が50台になる気配が多少はあったものの、なかなか50の壁を越えられませんでした。2年の2学期以降は模試を受けなくなったので、成績がどう推移していたのかわかりませんが、高校3年生の最初の全国模試で英語の偏差値が70.5で慶應義塾大学総合政策学部がC判定になっていました。

自分でも驚きました。福大に合格できればすごいと思っていた、高校入学当初からは考えられません。慶応Cだけではなく、西南でA判定・明治や中央大学でもAやB判定がでたのですから本当に驚きました。その後、成績が落ち、最後の全国模試ではD判定とE判定しかとれなくなりましたがなんとか現役で明治・中央・西南に合格できました。

私のように底辺の成績からこのような大学に合格する経験をした人は、全国にもそうはいないはずです。この経験と塾講師としての指導経験からできるアドバイスをしていこうと思います。

ちなみに、「偏差値30台から早稲田・慶応に半年や3ヶ月で合格」というような、ことも聞きますが、凡人には無理なので信用しない方がいいと思います。私のような凡人は1年間ほぼ毎日5時間勉強をしても偏差値50にすらならなかったのですから。

もちろん、勉強のやり方を知らなかったこともありますし、無駄な勉強をしていたこともあるでしょう。しかし、まともなやり方で勉強をやっていたとしても、早稲田・慶応は偏差値30台・40台から1年で合格することは不可能だと思います。

参考:高校時代の私の偏差値

発達障害について

発達障害の早期発見・早期支援の必要性が高いと思っています。しかし、発達障害は他人事と思っている人が大半です。当事者と分かっている人だけしか発達障害について考えていないのが現状です。

しかし、発達障害は他人事でない場合があります。高校生までは勉強さえできていれば、多少不思議な子と思われていても目立つことはありません。

しかし、それが大学に入ったり社会人になったりしたときに、レポートが書けない、何かわからないけれどしっくりとこない、うまくいかない、何かを与えられないと何もできない、社会生活が難しいなどと感じるような人がでてきます。

人によっては学校生活・会社勤めができず、すぐに辞めてしまうこともあるでしょう。そのまま引きこもりになる可能性もあります。自殺する人も出てくるかもしれません。

もし、自分が発達障害だということを分かっていれば、何らかの対応をしてもらえます。発達障害のことについて多くの人が少しでも考えるようになれば、何も知らないまま大人になる人が減るはずです。

余計なお世話かもしれませんが、そうすることが、本人のためになると思うのです。そして、本人のためだけでなく社会のためにもなると思うのです。私は、しばらくの間、私が住んでいる近隣の方にできるだけ発達障害について考えてもらえるような活動もしていこうと考えています。西区で起こった事件に関して発達障害との関係があるのではないかと先日記事を書きました。

step-up.hatenablog.com

以上が自己紹介です。なお、以下のようなことをブログを使って書いていこうと思っています。

  •  中学生が勉強をする必要性
  • 中学の時に勉強をしてこなかった高校生が一発逆転を目指し、大学に挑戦する
  • 西南・福大・中村学園・九産大・福工大などの大学受験(文系限定)に役立つ情報
  • 早稲田、MARCH、関関同立、産近甲龍、日東駒専などの大学受験(文系限定) に役立つ情報
  • 教育にどれだけお金を掛けるべきか
  • 大学に行く必要があるのかないのか
  • 発達障害について
  • 発達・教育に関する心理学